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東京地方裁判所 昭和50年(特わ)1192号 判決

Y1

Y2

Y3

右三名に対する各商法違反、証券取引法違反被告事件につき当裁判所は検察官神宮寿雄、弁護人真野稔(主任)、同湯浅甞二、同桑名邦雄(以上被告人Y1関係同安野一三(被告人Y2関係)、同中込尚(被告人Y3関係)出席のうえ、審理し次のとおり判決する。

主文

被告人Y1を懲役三年に、Y2を懲役一年二月に、同Y3を懲役一〇月に各処する。

この裁判の確定した日から被告人Y1に対し四年間、同Y2、同Y3に対し各二年間それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人Y1、同Y2の連帯負担とする。

理由

一、本件犯行に至る経緯

1.a時計製造株式会社(以下本件会社という)の概況

本件会社は昭和二六年二月に被告人Y1が関係者から懇請されて資本金全額一五〇万円を出資するとともに代表取締役となり、本店を神奈川県川崎市〈以下省略〉(当時は川崎市〈以下省略〉と表示)に定めて設立されたもので、実質的には戦前からの時計メーカーで、昭和二五年ごろ解散した旧a時計株式会社の建物、機械、従業員を引継ぐ形で発足したものである。

主たる営業目的はクロツク類(置時計、目覚時計、掛時計類)の製造、販売であって当初は小規模な会社であったが被告人Y1らの努力もあり、また朝鮮戦争の頃の好況や新製品(無接点式モーターを使用するフラツクス電池時計)の開発成功もあって、昭和二九年頃から順調に業績を伸ばし、一時はクロツク業界におけるトツプメーカーの服部時計店に次ぐ地位を確保したこともあった。(会社更生手続開始申立当時でも第三位ないし第四位であった。)資本金も逐次増え、昭和三七年には二億円となって、株式が東京証券取引所第二部に上場され、同年輸出製品向の宮城県村田工場を建設し、昭和四二年にはシリコン電子時計を発売して好評を得、昭和四六年にはボーリング場経営をその目的に加え、昭和四九年には資本金も一一億円となり、その頃には従業員約一、七〇〇名、年間売上額八〇億円前後(輸出五〇数%、国内四〇数%)の中規模の会社に成長した。なお本件会社の昭和四九年当時の株主構成は被告人Y1の同族関係者で二〇・七五%(四五〇万株余)を占め、第二位の大株主である千代田火災海上株式会社、大正火災海上株式会社はいずれも約三%程度にすぎなかった。

本件会社は昭和四九年一一月二〇日横浜地方裁判所に会社更生手続開始申立をなし、昭和五〇年二月一五日同裁判所において会社更生手続開始決定がなされ現在更生手続中である。

2.被告人らの本件会社における地位および職務内容

被告人Y1は前記の如く本件会社の創立以来の代表取締役であるが、なお終始筆頭株主の立場でもあり、本件会社の全般的な基本的経営方針を立案するばかりではなく、新製品開発や営業面にも強い発言力を有していたものであり、被告人Y2は被告人Y1の二男であるところ、昭和三九年ごろ本件会社に入社し、昭和四四年取締役貿易部長に、昭和四七年には副社長に就任し(三〇才)経営全般の補佐とともに主として貿易部門を担当し、被告人Y3は昭和三二年に本件会社に入社し、昭和三七年ごろから一貫して経理事務を担当し、昭和四九年には財務部長に就任し、主として日常経理事務のほか決算事務等を行なっていたものである。

3.本件粉飾決算等の背景

前記の如く本件会社は外見的には極めて順調に成長した如くであったが、その内容は必ずしもそうではなく、昭和三〇年代から一部粉飾決算を行なっていたのである。しかしこれが本格的になったのは昭和四〇年に入って不況や不良品の続出などで売上げが落ち無配に転落したのち、昭和四四年三月期(第三一決算期―本件会社の決算期は毎年三月末および九月末である)ごろに至って画期的な電子シリコン時計の好調を中心に業績が回復したものの、なお累積赤字が一億四〇〇〇万円余あったにもかかわらず被告人Y1の決断で年一割二分の利益配当を強行した時期からである。

この決定の際、被告人Y1は復配することによって企業イメージをあげて売上げをのばし、従業員の志気を高揚し、銀行の融資や増資をしやすくすることができ、またライバル業者のリズム時計に対抗することができると考えたのに対し、現存する累積赤字と架空利益の計上による将来の社外流出金は年間二〇%の売り上げ増があれば二・三期で償却し得ると安易に考え、取締役会にはかったうえ被告人Y2、同Y3、常務取締役Aらと共謀のうえ、その期において約二億四〇〇〇万円余の粉飾を行ない、約一億円の架空利益を計上したのである。ところがその後シリコン時計の改良に失敗し、しかも国内市場はセイコー、シチズン両大手の問屋系列化がすすみ本件会社のシエアは減少し、前記見通しが誤っていたことがただちに明らかになったにもかかわらず、実態を公表することによる各種のマイナス面に藉口し、毎期増加する社外流出金による累積赤字によって本件会社が次第に危険に陥ることに対し十分な考慮をはらわず毎期粉飾決算を続けていた。

その方法は、決算期になると被告人Y1、同Y2、A、B常務取締役が集り、その期の粉飾額(主として架空売上額)を決め、その方針にもとづきAと被告人Y3が粉飾額を各科目に振りわけ、これに応ずる架空伝票をおこして行なう方法と売り上げ計上基準を出荷時点より製品の完成時等へさかのぼらせる架空売上げ計上の二つの方法が主として用いられ、被告人Y3は混乱をさけるため毎期、極秘資料として実態と公表との比較貸借対照表、損益計算書を作成していた。

4.自社株取得と違法株価安定操作に至る経緯

本件会社は前記3の如く毎期の粉飾を続けた結果、期間決算の上での赤字のほか多額の社外流出金(株主配当金、税金、役員賞与)があったため、恒常的に運転資金に窮していたが、その実態を秘して銀行より金融を受けあるいは業界での信用を確保するため被告人Y1は昭和四五年ごろから総務部長C、Aに命じ株価の値下りを防ぐため時折り自社株の買付けをさせていた。さらに昭和四八年六月の四億円増資に際しては一部を時価発行の株とし、プレミヤムをできるだけ多く得たうえ、運転資金に回したいと考え、時価をできるだけ高値で安定させることを企て法定の株価安定操作のほか違法な安定操作の委託を考えたものである。

(罪となるべき事実)

第一  前記の如き事情のもとに被告人Y1、同Y2、同Y3は同社取締役Aと共謀のうえ

一、本件会社の第三七期(昭和四七年三月三一日決算)ないし第四一期(昭和四九年三月三一日決算)の各決算をなすにあたり、別紙一覧表(一)ならびに別紙修正貸借対照表(二)の(1)ないし(5)記載のとおり、真実は各期とも繰越損失を含めた未処理損失があって配当すべき利益は皆無であったのにかかわらず、法令・定款の規定に違反して株主に対し利益の配当をなそうと企て、前記の如く架空の売上を計上しあるいは架空の資産を計上するなどの方法によって利益の水増しをし、各期とも架空の繰越利益、当期利益を計上した貸借対照表、損益計算書および右架空利益を基とし年一割五分の率により利益の配当を行う旨を記載した利益処分案を作成し、これをいずれも同社内において開催された同社の定時株主総会に提出して承諾可決させ、そのころ配当金合計二億七六八九万八五七一円の支払をなし、もって違法な配当をし

二、昭和四七年六月二九日から同四九年六月二九日までの間前後五回にわたり、本件会社の業務に関し、別紙一覧表(三)記載のとおり、大蔵大臣に提出する本件会社の第三七期ないし第四一期の有価証券報告書に、各期の決算の実際はいずれも多額の未処理損失があったのにかかわらず、架空の売上を計上しあるいは架空の資産を計上するなどして各期の法人税等控除後当期未処分利益剰余金を実際より過大に表示した貸借対照表、損益及び剰余金結合計算書を掲載し、もって重要な事項につき虚偽の記載をした各有価証券報告書を作成し、これを大蔵大臣に提出し

三、昭和四八年二月一七日、本件会社の業務に関し、同社の株式募集のため大蔵大臣に提出する有価証券届出書に、同社の第三七期および第三八期の各決算の実際は、別紙一覧表(三)の番号1、2記載のとおりいずれも多額の未処理損失があったのにかかわらず、架空の売上を計上しあるいは架空の資産を計上するなどして各期の法人税等控除後当期未処分利益剰余金を実際より過大に表示した貸借対照表、損益及び剰余金結合計算書を掲載し、もって重要な事項につき虚偽の記載をした有価証券届出書を作成し、これをAおよび被告人Y3において東京都千代田区大手町一丁目三番二号所在関東財務局を経由して大蔵大臣に提出し

四、昭和四八年四月二六日ころ、本件会社の払込済資本の額を六億円から一〇億円に増額するにつき新株式を発行してこれを一部株主に割当てるなどして募集するにあたり、株主に配布する新株式発行目論見書に、別紙一覧表(三)番号1、2記載のとおり同社の第三七期および第三八期の決算の実際はいずれも多額の未処理損失があったのにかかわらず、架空の売上を計上しあるいは架空の資産を計上するなどして各期の法人税等控除後当期未処分利益剰余金を実際より過大に表示した貸借対照表、損益及び剰余金結合計算書を掲載し、もって同会社の経理状況のうち重要な事項につき不実の記載をした新株式発行目論見書を作成し、これを三井信託銀行証券代行部を介して千代田火災海上保険株式会社ほか二、五七四名の株主に郵送配布して行使し

第二 被告人Y1、Y2はAと共謀のうえ本件会社の第三七期ないし第四一期の決算は別紙一覧表(一)記載のとおり欠損であるのに取締役に対する賞与を支給しようと企て、同社の期末決算の結果利益が生じていない場合は取締役に対し賞与を支給してはならず、かつ支給の可否を決する株主総会には真実の貸借対照表、損益計算書とこれに基づく利益処分案を提出すべき任務を有していたのにかかわらず、自己および他の取締役の利益を図る目的をもって右任務に背き、同表記載のとおり、右各期の定時株主総会において、利益があった旨各内容虚偽の貸借対照表、損益計算書および別紙一覧表(四)記載の役員賞与金の支給を行う旨の利益処分案を提出し、右総会をしてこれを承認可決させ、同表記載のとおり昭和四七年七月七日ころから同四九年七月五日ころまでの間前後五回にわたり、同社において、被告人Y1ほか一一名の取締役に対し役員賞与として合計金二二〇〇万円を支給し、もって同社に同額の損害を与え

第三 被告人Y1はA、同社総務部長Cと共謀のうえ

一、本件会社の計算において不正に同社の株式を取得しようと企て別表(五)記載のとおり、昭和四七年一一月一四日から同四八年一二月二六日までの間、東京都中央区日本橋兜町一丁目六番地所在東京証券取引所の開設する有価証券市場などにおいて、同社の資金合計八〇二六万九一六〇円をもって、日本勧業角丸証券株式会社ほか五社をしてDらの名義で本件会社の株式を買い付けさせるなどし、もって同社の計算において同社の株式合計四八万一六四〇株を不正に取得し

二、本件会社が、昭和四八年一月二四日の同社取締役会において決定した時価発行公募を含む四億円の増資を行うに際し、時価発行公募価格を一株一五五円位とし、かつ公募を容易にするため証券取引法施行令(昭和四〇年政令第三二一号)第二〇条ないし第二六条で定めるところに違反して同社の株式の相場を安定する目的をもって、別表(六)記載のとおり、昭和四八年四月二五日から同年五月一一日までの間、前記有価証券市場において、極東証券株式会社ほか三社をしてEらの名義で同社の株価が右公募価格よりできるだけ高い価格で安定するよう同社の株式合計七万九〇〇〇株(購入代金合計一三四九万六〇〇〇円)を継続して買い支える一連の売買取引をし

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

一、該当罰条

被告人Y1、同Y2、同Y3の

判示第一の一、の各期の各所為〈省略〉いずれも刑法六〇条、商法四八九条三号

判示第一の二、の各期の各所為〈省略〉いずれも刑法六〇条、証券取引法二〇七条一項、一九七条一号の二、二四条一項

判示第一の三、の所為〈省略〉刑法六〇条、証券取引法二〇七条一項、一九七条一号の二、五条

判示第一の四、の所為〈省略〉包括して刑法六〇条、商法四九〇条一項

被告人Y1、Y2の

判示第二の各期の各所為〈省略〉いずれも刑法六〇条、商法四八六条一項

被告人Y1の

判示第三の一、の各所為〈省略〉いずれも刑法六〇条、商法四八九条二号

判示第三の二、の各所為〈省略〉いずれも刑法六〇条、証券取引法一九七条二号、一二五条三項

一、科刑上の一罪

被告人Y1の判示第三の一、別表(五)番号9ないし23の各罪と判示第三の二、別表(六)番号1ないし15の各罪はいずれも一個の行為で二個の罪にあたる場合である〈省略〉刑法五四条一項前段、一〇条(いずれも重い判示第三の一、の各罪の刑で処断)

一、刑種の選択

被告人Y1の

判示第一の一、ないし四、判示第二、判示第三の一、二、の各罪につき〈省略〉いずれも懲役刑を選択

被告人Y2の

判示第一の一、ないし四、判示第二の各罪につき〈省略〉いずれも懲役刑を選択

被告人Y3の

判示第一の一、ないし四、の各罪につき〈省略〉いずれも懲役刑を選択

一、併合罪加重

被告人三名につき〈省略〉刑法四五条前段、四七条本文、一〇条

被告人Y1、Y2につき〈省略〉いずれも最も刑および犯情の重い判示第二の別紙一覧表(四)の番号5の罪に法定の加重

被告人Y3につき〈省略〉最も刑および犯情の重い判示第一の一、別紙一覧表(一)番号5の罪の刑に法定の加重

一、執行猶予

被告人三名につき〈省略〉刑法二五条一項

一、訴訟費用

被告人Y1、同Y2につき〈省略〉刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

(量刑の事情)

一、本件事案の特徴と被告人Y1の責任の重大性

本件犯行は、東証二部上場会社である本件会社が極めて長期にわたって巨額の粉飾決算(昭和四九年三月期で未処理損失一九億五〇〇〇万円余りであったのに年一割五分の利益配当を行っていた)を実行していたにもかかわらず、右の点について事実上の倒産の直前まで金融筋をはじめ多くの関係者が知り得ず、社員、株主、下請関係者、債権者らに強い衝撃を与えた事案である。

右の結果の第一次的責任は被告人Y1が負うべきものである。

なぜなら右結果は本質的には業績不振が招いたと言うより粉飾決算そのものから生じたことが明らかであり(起訴対象となった五期の間をとっても売り上げ不振による赤字合計が約二億円に対し粉飾決算による社外流出金は九億円余にのぼる)、右の如き粉飾決算の長年の累行は、本件会社に特徴的な被告人Y1のワンマン経営本制があってはじめて可能となったと言えるからである。被告人Y1が創業者社長兼大株主としての確固たる地位を二〇年以上も継続した結果、社内には組織体制の未発達(例えば取締役会が十分機能しないことなど)、建設的な批判意見の不存在(反対意見の幹部や労働組合そのものを忌避していた)といった本件会社の規模にふさわしくない状態が生じ、そのため被告人Y1の意向はよい面(非常に勤勉な働きぶり)のみならず悪い面(本件粉飾の実行、原価管理の不得手、情実人事等)においてもそのまま社内の方針となっていたのである。このため特に重大な粉飾決算の実行について、早期に改めるチヤンスを失ったと言えようが、右の如きワンマン体制の欠陥は同被告人に対し昭和四一年ごろ三井経営相談所から指摘されていたことでもあり、同被告人自身企業の社会的責任を十分自覚するならば自ら早急に右の如き体制を改める方策をとるべきであったのにかかわらず、決断力の不足から、単に売り上げ増大を呼号したり、増資による運転資金の獲得など当面の糊塗策に終始した点に被告人Y1の責任の重大性がみられるのである。その結果今日の事態を招き、企業の社会的信用を失墜し、多くの関係者に多大の損害を与えたことを考慮すると、同被告人がこれまで特に私利をはかることなく永年本件会社のために努力し、新製品開発を通じて時計業界に貢献し、あるいは郷土(宮城県〈以下省略〉)の発展のため尽力してきたこと、すでに二億円近い賠償金を会社に支払っていること、すべての職と信用を失い社会的制裁を十分受けていること、さらに現在高齢で病気がちであることなど同被告人に有利な諸般の情状を考慮しても主文程度の量刑はやむを得ないものと思料した次第である。

二、被告人Y2について

同被告人は父親である被告人Y1から将来を嘱望されて本件会社の中枢に入ったものであり、若い感覚で旧態依然たる父親の経営方針に対し十分な助言をなし得る立場にいたにもかかわらず、特に異をとなえることなく専ら貿易部門の拡大に専念し結果的にワンマン経営に協力した形となったものであるが、若年で経験も浅かったこと、貿易部門の拡大はそれなりに効果をあげ、現在でも更生会社に貢献していること、すべての私財を損害賠償等にあて、私生活上も離婚のやむなきに至り社会的制裁も十分受けていることを考慮すると特に強い非難を加えることはできないと言わなければならない。

三、被告人Y3について

同被告人は経理のベテランであることから本件犯行にまきこまれたとも評されるもので、一面極めて巧妙な粉飾方法を実行している点で悪質とも言えるが、努力して実態・公表・比較財務諸表を作成して危険な状態を早く改めるよう幹部に訴えていたと評価し得る面もあり、また粉飾経理を手伝ったからと言って特別な利益を受けていた形跡もうかがえず実質的には追従的立場にあったと評価し得るのであって、主文程度の量刑が相当である。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 安原浩)

〈以下省略〉

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